たらたら神秘主義

本と映画と音楽と日常、できれば神秘

文学作品の言葉がおもしろいかどうかは

すでに固定してしまった考え方や知識を表明するおじさんの言葉はつまらないという話の続き。

 

固定していないということは、他者(他の人だけでなく、広くとらえれば世界ということ)ときちんと関わっているということだ。

 

固定してしまうものを「概念」というわけで、人は「概念」にとらわれて苦しむ。

ある人が嫌いというのも、「概念」。こうあるべき、というのも「概念」。

 

概念は動かない。変化しない。

しかし、世界は日々変化する。自分の体も、変化する。世界に開かれた、体も、頭も、変化する。その変化する中で生まれるものが、おもしろいのであって、「概念」はつまらない。

 

文章を読んでいても、すでに概念となっているものの表出は、死体の提出でしかなく、まったく魅力を感じない。文章を書きながら、そこで思いがけず生まれてしまうもの、書き手を裏切りながら運動する言葉というものがおもしろい。

 

ただし、それがあまりにも肉体に即しすぎると、それはそれで緊張感がないようでつまらないのだよな。その感じがなんなのか、よく分からない。緊張感というのが、何と何の間の緊張感なのかがよく分からない。