たらたら神秘主義

本と映画と音楽と日常、できれば神秘

金井美恵子『目白雑記(ひびのあれこれ)』(朝日文庫)を読んだ。


金井美恵子を最初に読んだのはたしか『タマや』で、大学生のぼくはそのかっこよさにかなり興奮した。


浅田彰金井美恵子の小説を、「何も意味のないレース編みたいな小説」と表現していたけど、まあ、そうかもしれない。普通の(インテリだったりするけどとても平凡な)人びとの日常生活を描いているだけだから。でも、何も意味のないところに文体の力だけで読み手をあれだけ引き込んでいくのだから、相当の才能だと思う。だいたい、金井美恵子が(それと仲の良い蓮實重彦ももちろん)大好きなフロベールの『ボヴァリー夫人』なんて、作者が何かを表そうとすることを徹底的に避けるように書かれたものだと言えそうだから、金井美恵子はそのリアリズム小説の流れを受け継ぐ正統派の小説家ということになるのかもしれない。


その後、『文章教室』とか『道化師の恋』とかを読んで、金井美恵子にしばらくはまっていた時期があった。それらの作品は、もともと現代詩を書くことから始まった金井美恵子が、人びとの平凡な日常を皮肉を利かせた文体で描くようになった頃のものだ。『文章教室』という作品で、何かがふっきれたように新しい方向に踏み出したという感じだろうと思う。


今回の『目白雑記』は、小説ではなくエッセイだけど、小説とか映画とかについてつらつら考えている中に、作者の日常がさしはさまっていて、なんだかすごく斬新な小説を読んでいるようなおもしろさがある。それはこの本の中でバカにされている保坂和志の小説に似ている気がするんだけどなあ。ぼくは保坂和志も好きだから(たしかに『カンバセーション・ピース』は退屈な感じがして途中までしか読んでないけど、『プレーンソング』も『季節の記憶』もおもしろかったし、『小説の誕生』とかのシリーズもとてもおもしろい)、少し気の毒に思った。でも、まあ、金井美恵子の複雑で息の長い、皮肉が利いたあの文章は天才的だ。


中島梓金井美恵子の文章を読んで、この人には近寄りたくない、みたいなことを書いていたけど、本当にそのとおりで、金井美恵子に悪口を書かれた人は(この一冊の中にもたくさん出てくる)、シャワーを浴びている最中に思い出しては叫びたくなるようなトラウマとして一生引きずっていくことになるのではないだろうか。でも、人ごととして読むぶんには、すごくおもしろい一冊だった。