たらたら神秘主義

本と映画と音楽と日常、できれば神秘

「水の娘」

  水の娘


これはある異国の町を訪れたときに日本語のうまい絨毯売りが教えてくれた話なのだが、それが事実なのかあるいは彼の作り話なのか確かめることもしないまま、ぼくの頭に住みついて、夢うつつにふとなまなましくよみがえってくることがある。


町の西側に丘があり、そこには小さな城が建っている。町の南側の有名な城とは違い、ガイドブックにも載ってはいないが、心惹かれる趣きがあって、できればいつか訪れて城の由来を聞いてみたい、そう思っていた。


城について尋ねるぼくに絨毯売りは、声の調子をそれまでとは変えて、あそこは観光地ではないと素っ気ない口調で言った。ぼくのしつこい追及に絨毯売りが語った話……。


その城には年老いた貴族が住んでいる。そうとうの変わり者で、歳の離れた妻を亡くしてからは誰とも付き合うことなく、これも年老いた執事とともに孤独な生活を送っている。しかし噂では彼にはひとりの若い娘がいて、誰にも会わせることなく、塔の中に閉じ込めているのだという。


城の敷地に入り込むと分かるが、塔からはしきりに水音が聞こえてくる。それは塔の天辺の回廊に満たされたたっぷりの水がたてる音であり、閉じ込められた娘にとっては、そこで泳ぐことが唯一の運動なのだと、途中から少し悪戯めいた表情を浮かべ、絨毯売りはそんな話をした。


ときおりぼくは布団の中で想像する、異国の町を見下ろす塔のなか回廊の窓から見える青い空を。
窓枠からあふれるほどにたたえられた透明な水が揺れて、石造りの壁に細かな光を反射させる。
裸の肌に感じる水の冷たさを確かめるようにゆっくりと水を掻く。
町からの遠い喧騒に混じる澄んだ水音を聞きながら、
静かに泳ぐ娘を思い、
ぼくは混沌の
眠りに落ちる。

                 020224