たらたら神秘主義

本と映画と音楽と日常、できれば神秘

 詩伝書


ひとりの少年が盗みをはたらき
おなじ少年が詩を書いた


少年は おとなになって
詩の書き方をひとに教えはしなかったが
盗みのしかたは 年下の少年に伝授した


電車の吊革につかまりながら
師匠である青年は ときどき遠くをみて
ぶつぶつと 口のなかで言葉をころがした


弟子である少年は いつも
盗みのサインを待ちながら
青年の横顔を盗み見た


青年はときに
ノートに向かい何かを書いていたが
少年にはただ
日々の記録だと言った
少年が覗き込むと
暗号で書いてあると説明した


青年が強盗殺人の罪で
懲役刑に処せられたころ少年は
青年の弟子であり かつ恋人であった


刑務所からは毎週 検閲を通り抜けた
手紙が届いた
「詩の心得その一」から始まったその手紙を少年は
盗みの教えとして読み込んだ


 詩の敵は
 常識であり 人情である
 常識と人情が真実を覆い尽くす
 

 詩は 非人間的でなければならず
 なおかつ 人間をよく知らねばならない
 人間とは すなわち自分であり
 自分を知れば すべての人間を知ることになる


 ただ その瞬間をまて そして 全身のすべてを
 それと一致させるのだ 
 それに遅れてはいけない
 それに先んじてもいけない
 自分がそれ自体にならねばならない


青年が刑務所を出てきたとき
少年はもう少年ではなかった
喫茶店で恋人ができたことを伝えると
青年はうっすらと笑みを浮かべ
彼に一枚の紙を渡した


彼はいまでもその紙を読み返す
ことばはただ ことばにすぎないけれど