たらたら神秘主義

本と映画と音楽と日常、できれば神秘

 
 自転車旅行主義


出発地は
幼い頃のぼくの家
父はまだ生きている
ぐいとペダルをこぎ出すと
なぜかゆがんだ青い空


あの道を右に曲がって
見慣れない路地を縫っていく
店先に座るおばさんの
人生だとか
食器の触れ合う
音だとか
ここがここであることの
必然性をかすめて過ぎる


戦争が始まった
中庭の陽だまりで
ひとりの兵士が死んでいる
ぼくは片足を地面につけて
死体にあいた大きな空虚を
ぼんやり見ている
遠くで恐竜のように
戦争が吠える声がする


山道を自転車押して歩きながら
寂しさの源は
生きていることにあり
と思う
木漏れ日をちらちら受けて
むこうから
ひとりの女が歩いてくる
このひとも寂しい
と思うけど
視線合わせないように通り過ぎる


長くて大きな坂道を
両足上げて
すべり降りる
隣には
一緒に旅する友がいる
彼がぼくで
ぼくが彼でもかまわない
そういう友だ
ふたりは手をつなぎ
頬にゆたかな
風を受ける


この古い街で
きみからの手紙を受け取った
たしかにぼくは
きみの一部であるけれど
こちらの世界でこれからも
自転車旅行を続けるつもり
すべてがぼくであるような
この懐かしい世界で


              010900