たらたら神秘主義

本と映画と音楽と日常、できれば神秘

映画『ブルーバレンタイン』

久しぶりにすごい映画を観た。


といっても、DVDで、しかも事情があってまだ最後まで観ていないのだけど。


最初の10分くらいですでにただものではないと感じた。でも、この映画の良さを言葉にするのは難しい。すごい映画なのは確かなのだけれど、いったいどこを目指しているのだろうか、もちろんラストを観ていないせいもあるだろうけど、その分からなさもこの映画の魅力なのである。


主人公の男、ディーン、この人物の魅力が重要なのは確かだ。だけど、単純にいい人というわけではない。魅力的なのだけど、ぼんやりと、すれすれの狂気が漂っている。


映画自体、最初から、幸せそうな日常の光景を描きながらも不穏さを漂わせていて、なんら怖ろしい出来事が起こるわけでもないのにハラハラさせられる。日常のリアリティを保ったまま、というか、リアルだからこそ醸し出される不穏さみたいなものが、まずすごい。


そしてポイント は、主人公の描き方。予告編では、スウィートなラブストーリーみたいだけど、彼の妻に対する愛情は、ちょっと狂気を帯びている。そしてここが大事なところで、彼は聖人めいた魅力と器を備え、しかしその野望が、一人の女に注がれているのである。


映画では、現在と過去が交互に描かれて、観ていて少し混乱させられるのだが、彼は、過去においては引っ越し屋、現在は壁の塗装屋をしている。医者志望だったその妻が彼に、「なぜ自分の才能を生かして何かの夢を追いかけないのか」と聞く場面がある。それに対して彼は、「夫であり父である他に何を望む必要があるか」みたいに答える。こんないい男はあり得ないくらいだろうと思うのだけれど、妻は主人公にいらだつ。


僕の観方が変である可能性はあるけど、これは単純なラブストーリーなんかではなくて、一人の偉大で魅力的な人物を描いた作品である。ただし、彼が抱いた野望が、一人の女への愛であるのが、なんというか、不気味であり、崇高でもある。おそらくそんな映画。


なんでもない平凡な存在として暮らすすごい男を、リアリティを持って描いている点、そしてそのすごさが一方で狂気すれすれに描かれている点、おそらくそれがこの映画の魅力である。


ちなみにその前に観た、ソフィア・コッポラ監督の『SOMEWHERE』はベルリン映画祭で金獅子賞を取ったらしいけど、ちょっと買いかぶられ過ぎだろ、と思った。それに比べてこの『ブルーバレンタイン』は、飛び抜けた傑作。


映画を採点

ブルーバレンタイン』:★★★★★★

『SOMEWHERE』:★★★☆☆