たらたら神秘主義

本と映画と音楽と日常、できれば神秘

  池


陰鬱な空を背景にして建つその家にはひとつの小さな池が存在する。鬱蒼と覆い被さる庭木によって陽の当たらないその池の中にいったい何が棲むのか緑色の水面からは窺い知れない。恐らく地上に棲むものには想像もできない異形の魚が手に負えないほどの大きさで何匹も生きているのであろう。しかしその池は僕のものでありいくら手に負えないとはいえ放り出すわけにはいかない。途方に暮れながら暗い木々の向こうを見上げるとビルディングの五階の窓からひとりの少女がこちらを見下ろしているのに気づく。「死ぬってどんなことだろう。死ぬってどんなこと?」あんなに遠くの窓からなのに少女の言葉はなぜかはっきりと聞き取れる。だから僕は気づいたのだ。この世界は少女の想像の中に生まれたものなのだと。暗い水面に僕は顔を映してゆらゆらと頭を動かす。すると世界は予想通りゆらゆらと動き出すのだった。スプラッシュ! 高い水しぶきをあげて深い緑色の水面に飛び込む。池の中は意外にも大きく広がってほとんど世界の広さと変わりはない。水中で人間の殻を脱ぎ捨てると僕も一匹のグロテスクな魚となって池の中を泳ぎ回る。力強く躍動するほどにあの少女の肌が桃色に輝いて生き生きとし始める。そのことを知っているから。